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主催事業情報 2023/3/16 「芸術監督公開トークシリーズ Vol.3―創作の場としての公共劇場―」レポート

「芸術監督公開トークシリーズ Vol.3―創作の場としての公共劇場―」集合写真
 
「芸術監督公開トークシリーズ Vol.3―創作の場としての公共劇場―」会場写真:司会 成河

成河 皆さんこんばんは。本日は「芸術監督公開トークシリーズ Vol.3―創作の場としての公共劇場―」にお越しいただき、ありがとうございます。司会を務める俳優の成河です。このイベントは、公共劇場、舞台芸術、そして芸術監督のお仕事について意見を交換し、それを観客の皆さんに聞いていただくことで、より良い劇場のあり方について模索していくための会です。では早速、登壇者の皆さんをお招きします。新国立劇場(以下新国)の小川絵梨子さん、穂の国とよはし芸術劇場PLAT(以下PLAT)芸術文化アドバイザーの桑原裕子さん、彩の国さいたま芸術劇場(以下さい芸)の近藤良平さん、そして今回の主催、KAAT神奈川芸術劇場(以下KAAT)の長塚圭史さんです。本日、世田谷パブリックシアター(以下パブリックシアター)の白井晃さんは、オブザーバーとしてオンライン参加いただきます。まず長塚さんから、今回の趣旨についてお話いただけますか?   
 

長塚 今回はゲストとして、桑原裕子さんもお招きました。劇場は作品を上演するだけではなく、新しい才能を見つけ出す試みも各種行っています。本日は創造の場として、そして育成の場としての劇場について語り合い、さまざまな情報交換、突っ込んだ話もできたらと思っています。

 

成河 この企画は昨年4月、白井さんの呼びかけでスタートしました。   
 

白井 パブリックシアターで開催されたイベント終了後、お互い「まだまだ話し足りないから、持ち回りで各劇場で開催しよう」と決め、こういう形で継続できることに喜びを感じています。本日はどうぞよろしくお願い致します。   
 

成河 では早速クロストークに入っていきます。先ほど長塚さんのご説明にあったように、テーマは創造の場として、そして育成の場としての劇場。大きく分けると「人を育てる」「作品を育てる」の2本柱があり、具体的な公演目的ではなく、長期的な目線で育てていく事業、ディベロップメントですね。今日は開発事業と呼ばせていただきます。時間をかけて「育てる」ことについてお話を伺って参ります。

 

「芸術監督公開トークシリーズ Vol.3―創作の場としての公共劇場―」会場写真:KAAT神奈川芸術劇場 芸術監督長塚圭史

長塚 KAATは2021年に僕が芸術監督に就任し、開発事業を三つの柱で考え始めました(プロジェクト名は「カイハツ」)。一つは人材育成「企画・アイディアのカイハツ」。例えばアーティストが「KAATでこういうことを試したい」と発案してくれたとします。するとまずは企画書を出してもらい、「面白いじゃない!」となれば、数日間KAATのスタジオを使って、存分にいろいろな可能性を試してもらう。俳優やダンサーや音楽家など、共同参加者のセレクトや相談にも劇場が乗ります。これは上演につながることを前提としていません。あくまでもアーティストが思考し、試す場所です。そして決して高いお金ではありませんが、対価が支払われます。まだまだ始めたばかりなので形は定まっていませんが、現時点では最終日に成果発表会も開催しています。もちろんKAATでの公演につながるかもしれないし、別の劇場で発表する作品の養分にしてもらってもいい。これは僕が文化庁の新進芸術家海外研修制度でイギリスに行った際、ロンドンのナショナル・シアターで井上ひさしさんの『父と暮せば』を題材にワークショップをする機会を与えてもらった経験から生まれた提案です。「思考することを評価し、場所を与え、対価が支払われるシステムがあるんだ」ということに、大きな驚きと喜びがありました。ナショナル・シアターでは、このことだけをやる独立した機関があるんです。予算の問題はもちろん、場所と職員の確保も容易ではありませんし、この瞬間だけを見れば劇場の収益にはなりません。でも、投資と捉えて予算も得て、未来のために継続できればと思っています。一つ目の話が長くなってすみません(笑)。   
 

二つ目は「戯曲のカイハツ」、国内外の戯曲発掘および情報収集、海外戯曲の翻訳等をおこない、時にリーディング試演を交えながら、作品への理解・戯曲へのリテラシーを深め、豊かな発想の土壌を育んでいく事業。このシステムもまだ構築途中にあります。   
 

そして三つ目が、時間をかけた創作環境を育む「創作プロセスのカイハツ」。例えば海外からアーティストが来て、数年後の公演のために数週間、いろんな俳優たちとワークショップでトライアルをしたり、今度は日本の俳優があちらに行って……とじっくり、時間をかけて焦点を合わせていく事業です。   
 

公共劇場はただ作品を上演する箱ではなく、未来のために積み上げる場所ということを、この場を借りて皆さんにお伝えしたいですし、その方法をもっと模索していくべきだと考えています。

 

成河 桑原さんにも伺って参りますが、その前に確認として、PLATでの呼称は「芸術監督」ではなく「芸術文化アドバイザー」なんですね。

「芸術監督公開トークシリーズ Vol.3―創作の場としての公共劇場―」会場写真:穂の国とよはし芸術劇場 芸術文化アドバイザー桑原裕子

 

桑原 芸術監督とほぼ同義なのですが、初代の芸術文化アドバイザーを務められたのが俳優の平田満さんで、「自分は俳優でクリエーションをするわけではないから」ということで、この名称になったと伺っています。   
 

成河 なるほど。いきなり直球で申し訳ないのですが、予算権、人事権はあるのでしょうか?   
 

桑原 ありません。   
 

成河 ということは基本的に、ここにいる芸術監督の方々と同じ仕事範囲と考えれば良いでしょうか?   
 

桑原 そうですね。ただ私は東京から豊橋に通う形ですし、年間プログラムやシーズンテーマの決定はプロデューサーたちにお任せし、劇場でのクリエーションを通して市民の方たちと関わっていく機会が圧倒的に多いので、やはり“アドバイザー”的な立ち位置なのだと思います。当初は「本当に私でいいのかな?」と迷ったんですよ。PLATの立ち上げから関わられた平田さんは著名な俳優さんで豊橋ご出身。地域の認知度も高く、当時の市長さんも同級生。果たして町田出身の私でいいのかな?という迷いはありました。(一同笑) でも自分はずっと劇団を継続しており、劇場や町を大きな劇団と捉えればなんとかできるかもしれないと、お受けしました。   
 

成河 なるほど。ではPLATの取り組みについて伺えますでしょうか。   
 

桑原 「豊橋アーティスト・イン・レジデンス」という形でアーティストを年に4組程度招き、市内の劇場が借り上げている一軒家に滞在し、稽古場など作品をつくる環境を提供する事業を実施しています。また「市民と創造する演劇」では、市民と一緒に作品をつくっています。公募でご参加いただく企画ですが、出演者を選考するためのオーディション兼ワークショップも開催しています。   
 

成河 オーディションでは桑原さんも審査するんですか?   
 

桑原 毎年いろいろなアーティストを呼んで開催しますので、自分が演出する時は審査します。あとは、プロの演出家&スタッフと共に、現役高校生と一緒に創り上げる「高校生と創る演劇」という事業もあります。つまりPLATにおける人材育成はアーティスト育成というよりも、社会活動に近いものですね。ここでの取り組みを会社でのコミュニケーションや日常生活での共同作業に還元していただいたり、定年して時間がぽっかり空いた方たちが、一緒に芝居に参加して、これから先の目標を見つけていく……そういう場として活用してもらえればと考えています。もちろん、こうした中からアーティストを目指す方が出現するかもしれませんが。   
 

長塚 「豊橋アーティスト・イン・レジデンス」は、成果発表もあるんですか?   
 

桑原 発表をマストにはしていません。滞在中に公開稽古や一般向けのワークショップを開催したり、最終日には成果報告会を実施していただいています。報告はこうやって喋るのでもいいし、現状までの成果を見せるのでも形は自由。基本的に「ダンスの観客をどのようにして増やすか」ということから始まった企画なんです。いきなり「ダンスを観に来てください」と言っても、お客様は劇場に足を踏み入れづらいじゃないですか。そのハードルを下げるために、稽古の様子を見てもらったり、アーティストにもレジデンスを体験してもらって、お互いの距離感を近づける試みですね。   
 

成河 近藤良平さんから、さい芸の取り組みも伺えますでしょうか。

 

「芸術監督公開トークシリーズ Vol.3―創作の場としての公共劇場―」会場写真:彩の国さいたま芸術劇場 芸術監督 近藤良平

近藤 劇場が取り組んだ人材育成という意味では、(前芸術監督の)蜷川幸雄さんが立ち上げた若手演劇集団「さいたまネクスト・シアター」と高齢者演劇集団「さいたまゴールド・シアター」が大きいでしょうね。ゴールドなんて、スタート時の募集年齢が55歳以上ですから。約1200人の応募があったそうですよ。   
 

成河 ちょうど、KAATのホールが埋まる人数(笑)。   
 

長塚 劇場に二つの劇団があったなんてすごいことですよね。   
 

近藤 すごいですよ。蜷川さんが亡くなられた後も活動を続けていましたが、特にゴールドはメンバーの更なる高齢化もあって、僕が芸術監督に就任したのを一区切りに幕を閉じました。じゃあ僕が今後どうするかは、まさしく今考えなくてはいけない課題です。   
 

成河 近藤さんは昨年就任されたばかりで、劇場はリニューアル工事中。絶賛模索中ということですね。   
 

近藤 はい。なので今お話しできる範囲はこれぐらいですが……人材育成とは少し話がズレてしまいますが、劇場から外に飛び出すキャラバン企画「埼玉回遊」という事業を考えていて、埼玉各地に実際足を運んで、お祭りなんかも覗いてみたりと、リサーチをしています。先日は沼も回ってみたんですけど……僕も知らなかったんですが、沼があるところには米ができるそうなんですよ。つまりいい場所なんですね。で、そこには雨乞いの踊りなんかがある。リサーチしていくと、やっぱり面白い人との出会いがありますから、そういうのを大事にしながら、人から人に繋がっていこうと考えています。 “他薦”にも頼りつつ、「俺は埼玉のここの部分は知ってるから!」という人が現れたらそこに行く、みたいな感じで、数珠繋ぎで芸能を知っていくと、埼玉の謎の部分にも出会えるかなと思って。   
 

成河 大変面白いお話です。やはり広い県にある劇場は、これまでのように「ここに立派な劇場がどーんとあるから、そこに来ればいいんだよ」ではなく、シナプスのように手を伸ばしていく、こちらから出かけていく活動も重要になっていくのだと思います。 “広い県”の話題から、なんせ守備範囲が日本全国である新国にも伺います。さまざまな柱でロジカルにきっちりと積み上げてきているものがあると思うので、僕は小川さんに聞きたい話がたくさんあるんです。

 

「芸術監督公開トークシリーズ Vol.3―創作の場としての公共劇場―」会場写真:新国立劇場 演劇芸術監督 小川絵梨子

小川 ありがとうございます。新国における育成事業の一つはまず、1年間、3〜4カ月ごとに試演を重ね、その都度、演出家と芸術監督、制作スタッフが協議を重ね、上演作品がどの方向に育っていくのか、またその方向性が妥当なのか、そしてその先の展望にどのような可能性が待っているのかを見極めていく「こつこつプロジェクト―ディベロップメント―」が挙げられます。簡単に言えば、目の前の公演のためではなく、ゆっくり稽古していただく企画ですね。職員のマンパワーの課題もありますし、新国はオペラやバレエの部門もありますから、稽古場やペースなどは、アーティスト側と劇場が適宜お話しながら進めています。   
 

成河 今、何期にあたりますか?   
 

小川 今度3期目が始まるところです。長期プロジェクトはお支払いの問題をはじめさまざまな課題もありますし、同時に学びがたくさんあると感じています。新国で上演できなくても、ほかの劇場で上演する可能性があるかもしれないと、いろいろなプロデューサーに試演を観ていただいたり、どういう発信の仕方をすればお客様に興味を持っていただけるかなどを話し合い、自分たちもまだ試行錯誤がたくさんあって。困難に関してはもう、一個一個、向き合っていくしかないんです。ただ一つ嬉しいと感じているのは、参加者が「試して初めてわかることがある」と明るい顔で仰ってくださること。劇場としてはもちろん、つくり手にとっても、何らかの財産になっていたらと思っています。変な話、一つのペンを開発するだけもいろいろな思考が必要でしょうし、100%売れる完璧なペンをつくることだけが目的ではなく、体験が蓄積され、豊かな財産になっていくことが重要じゃないですか。アーティストが安心してクリエーションするためには、リスペクトや保証も必要ですし。そして何年もかけてつくったとしても、面白くなる保証はありません。どうすれば面白くなっていくのか、その「面白い」の基準をどこに設定するか。こうしたことも含め芸術監督は一つの責任を負っています。   
 

近藤 プロジェクトメンバーは毎年変わっていくんですか?    
 

小川 現状は一応1年間としていますが、もう少し長いスパンのクリエーションも考えています。劇場としても、少しずつ体力はついてきていると感じています。   
 

成河 新国は「フルオーディション企画」も実施していますし……あとぜひ劇作家の育成の話をご紹介いただければと思うんですが。   
 

小川 英国にはロイヤルコートという老舗劇場がありまして、世界中の劇作家やアーティストと関係性を育み、多種多様な伝統、言語、文化背景を持つ演劇人や団体と長期的な協力体制を築く「インターナショナルプログラム」というワークショップを持っています。劇作家とコミュニケーションを取りながら練り上げていくプログラムで、これをうちでも開催してもらっていて。再三あちらの方が仰っていたのは「劇場が教える」というプログラムではないということ、お互いが学びあって知ることの楽しさ、劇作は孤独な作業だけではないこと。客観的な目が入れば作品の強度も高まりますし。ちょうど来週、ワークショップで生まれた戯曲が翻訳され、あちらでリーディング形式で上演されるんですよ(小高知子、千葉沙織、松村翔子の戯曲が2023年1月連続上演された)。あとは、演劇に触れてもらう機会の幅を少しでも広げる必要性を感じ、中高生の演劇ワークショップも毎年開催しています。こうした事業を通して痛感するのは、時間がかかることはすぐに証明できない、いい意味で耐えないとできないことです。   
 

成河 やっぱり長期投資ですからね。   
 

小川 そうですね。でも耐えることはつらいことばかりではなくて、アーティストの方の熱気も感じますし、劇場の空気はとっても温かく栄養分になっています。   
 

成河 ここまでのお話を聞いて、白井さん、いかがでしょうか。

 

「芸術監督公開トークシリーズ Vol.3―創作の場としての公共劇場―」会場写真:オブザーバー 白井晃(オンライン)

白井 改めて、公共劇場と芸術監督の役割が新しいフェーズに入っていかなくてはいけない時代になったと感じます。世田谷の育成事業でいえば、公募により選ばれた団体にシアタートラムでの上演機会を提供し、若い才能の発掘・育成を行う「シアタートラム・ネクストジェネレーション」という事業があります。15年間継続されていて、昨年僕は初めて、カンパニーを選ぶ審査側に入ったんですよ。これはなかなか難しく、責任ある作業だと痛感しました。 あとは前回のトークでもお話したように、アウトリーチとして充実した学芸事業もありますし、舞台芸術を支えるスタッフを目指す人たちのための講座など、未来の演劇界を担う方々に伝えていく事業もあります。   
 

成河 ここまで各館の取り組みを聞いてきました。今日は意地悪な質問も用意してまして……育成について考えていくと、そもそも日本の芸能には歴史ある徒弟制度が存在します。つまり、「税金を使ってアーティストを育てるなんて! そんなの自分たちが好きだからやっているのに」という“空気”がある。その是非は置いておいて、要するに、成果が出るまでに時間がかかる事業であるということと、継続のための予算問題が存在します。人材育成事業は聞けば聞くほどいい話なのに、年々予算が目減りされ、「気づいたらなくなってしまった」は一番悲しいわけですよね。つまり質問としては、「アーティスト育成に税金を使うことを、どう説得しますか?」です。   
 

長塚 税金が投入されている公共劇場ですから、僕らの使命としては、ここに劇場があることを「よし」と思ってもらえるような場所にしなければいけない。つまり、常に熱を持ってクリエーションしている場にしなくてはいけないし、これを持続する未来のためには育成事業が必要です。だから今この瞬間、お客様を劇場に集めることも大事、でも明日のことばかり考えていてもダメで、誇りをもって育成をするということでしょうか。   
 

成河 昨年末、シアターコクーン芸術監督の松尾スズキさんのもと、COCOON PRODUCTION「コクーン アクターズ スタジオ」がスタートするというニュースも飛び込んできました。習い事教室も、民間の俳優養成所も星の数ほどある日本において、公共劇場でしかできない育成とは何だと思いますか?   
 

小川 さっき圭史さんが仰ったように、公共は公益なので、自らの劇場へのフィードバックだけを求めるのではない、と考えることが大切ですよね。これは一つの特色だと思います。こちらは宮田慶子さんが所長をされている機関になりますが、新国には俳優を養成する「演劇研修所」があります。これも劇場のためというよりは、演劇の未来のための人材育成です。もちろん民間の養成所もそこは考えていると思いますが。   
 

成河 なるほど、公益は公共劇場における育成の中核かもしれません。昨年、国立劇場の養成所がクラウドファンディングを呼びかけ、今後の研修活動に役立てていく資金を集めました。公共は民間と比べるとお金の集まり方が違いますし、予算の確保はやはり気になるトピックです。いかがでしょう?   
 

(全員悩んだ顔)

 

「芸術監督公開トークシリーズ Vol.3―創作の場としての公共劇場―」会場写真

成河 詰将棋みたいになっちゃいました。(一同笑) どの劇場も、難しい問題ですよね。   
 

長塚 じゃ、良平さんどうぞ(笑)。   
 

近藤 つい最近まで恥ずかしいぐらいクラウドファンディングの知識がなく、正直、その思考は、今までほぼ皆無でした。でも去年、「全日本高校・大学ダンスフェスティバル(神戸)」という歴史あるフェスティバルの存続が危うくなり、協力を頼まれたんですね。それで改めて文化とお金についてぐる〜っと考えてみたら、「堂々とやるべきものはある」と思ったんです。こうしたことをきっかけに自分たちの表現活動を問うことになるでしょうし、僕は今日、みんなの意見を聞きたいです。どう思います?   
 

長塚 光熱費が高騰する昨今、公演を行うための具体的なお金、事業費にも影響が及び、その結果予算が脅かされていく中で、どう調整するかは大きな問題です。そうした時に、寄付という形はあるかもしれないとは思います。でも自分のお金がどんなことに投入されるのかわからなかったら、寄付しづらいですよね。例えば僕らの財団(公益財団法人 神奈川芸術文化財団)だったら、神奈川県民ホール、KAAT神奈川芸術劇場、神奈川県立音楽堂、とあるわけで、自分が好きな館に寄付できたり、「キッズ・プログラムに寄付したい」など事業ごとに寄付できる、自分のお金がどう使われたのか実感できる寄付システムが構築できないかと考えてはいます。これも劇場との関係づくりですし。すでに「賛助会員」でのご支援もいただいているので、そことの兼ね合いもあり容易ではありませんが。演劇ってどうしても中だけで何かを完結させようと近視眼的になるので、発想を変えなくてはいけないんです。外の企業や発想とつながっていく、場合によっては専門職として劇場の中に入ってもらったり、学びながら問題を解消していかないといけない。まあ今は理想ばかり言っていますが。

 

「芸術監督公開トークシリーズ Vol.3―創作の場としての公共劇場―」会場写真

桑原 クラウドファンディングについて言えば、コロナ禍に入った時に自分の劇団レベルではめちゃくちゃ考えましたし、劇団員とも話し合いましたが、公共劇場で実施する考えは、今日皆様のお話を聞くまで全く頭に浮かびませんでした。2021年に劇場で、ぷらっと文化祭「Art Platter」という、演劇・落語・音楽・美術・子ども向けの読み聞かせやワークショップなどが集まる文化祭イベントを開催したんですね。コロナ禍がなければ、近所の飲食店にお願いしてフードトラックを出してもらったり、地域とつながるような文化祭にしたかったのですが……でもまずは第一歩が踏み出せた手応えがあり、「これを毎年やりたい!」と口走ったら、劇場の方から「毎年だと体力の限界が……」みたいな反応が返ってきて、申し訳ないことを気やすく言ってしまったと後悔しました。(一同笑) そこで思ったのは、劇場内だけで解決しようとせず、市民の方たちにも飾り付けを手伝ってもらったり、本当に学校の文化祭みたいにみんなでつくれば、市民とも商店街とも本当の意味で繋がることができるかもしれない。そういう手づくりイベントならば、クラウドファンディングという選択肢もありなのではないか、なんて考えました。   
 

成河 確かにそうした「文化祭」であれば、自分のお金の行方が明確で参加しやすいかもしれません。先ほど申し上げた国立劇場養成所のクラウドファンディングでも、しっかりとした文章とページがありまして、例えば長年の使用で劣化し、鼓が破れてしまっている写真などをきっちり提示した中で、こういうものを修復したいと、目的を明確に示し呼びかけていました。ただ現代演劇へ寄付してもらう目的をこうして明確化するのって、本当に難しいと思うんです。絶対に「文化に支援をしたい」と考えておられるお客様は存在すると思うのですが、そうした方にメッセージを投げる時に、こちらの熱意をどう組み上げ、伝え、実現していくか。白井さんのご意見はいかがでしょうか。   
 

白井 長塚さんや桑原さんのお話を聞いていて、本当にいいアイディアだなと感じると同時に、すごく苛立ちを感じてしまったのですが……あ、ごめんなさい、お二人のお話に対してではないですよ。「国立劇場がクラウドファンディングをやらなきゃいけない状況っておかしくない?」と思えてしまって。要するに、国の劇場、国の文化にも関わらず、その貴重な財産を守るためのお金を国が出していないこと、そこに対しての憤りですね。今、桑原さんのお話を聞いていたら、健気で涙が出そうになったっていうか。つまり、公共事業が自助努力を考えないといけない時代なんだという、現実を直視しました。   
 

 話が飛躍しますが、人材育成関連で言うと、フランスにはいくつも国立高等演劇学校(演劇専門の高等教育機関)があり、ここに入ると俳優としての国家資格がもらえるんです。国が保証する歴史あるシステムが存在しているんですね。そこであえてさらに話を飛躍させてしまえば、先ほど圭史さんがおっしゃったように、「劇場がここに必要なんだ!」と思っていただけるような文化を構築していく必要性があると思っています。だって街には必ず病院があるじゃないですか。僕は劇場は心の病院だと思っているので、絶対に必要な場所だと考えていますし……そう皆様に認知いただくために、今この瞬間も、こういうイベントをやっているわけで。あ、今、自己完結しちゃったんですけど。(一同笑)   
 

長塚 先日、地域創造の小学校へのアウトリーチ事業の企画に関わったのですが、今教育現場でも「表現」が大きく求められていると感じます。いつか学生を公演に招待したいし、多くの若者たちに劇場空間を体験してもらいたい。だって演劇のチケット料金、高くないですか? 資金があればこれを安くすることも可能になります。どう演劇を広めれば多くの方にとっての「わたくし事」になるのか、皆様と一緒に劇場を育てていくためのメッセージや仕掛けを考えていかねばと改めて思いました。   
 

成河 次に伺いたいのは、任期についてです。育成は大変時間がかかる。時間を掛ければいいものが生まれる。これは多くの方が信じています。ご自身の任期が終わった後、どう引き継いでもらうのかは課題です。   
 

小川 私が一番最初に任期が終わるので、個人的な考えをお伝えすると、劇場は個人の所有物ではないので、「絶対これは続けてください」とか「こうしなきゃだめだ」ということを、任期を超えて渡すことは良くないと思います。でももちろん、次の芸術監督に私が考えてきたこと、それは悩みも含め、正直にちゃんとお話するつもりですし、あとは後任の方と劇場が、どう評価するか。その上で後任者とは、一対一、人間として「私はこう思ってきた、ここは失敗した、ここはいいと思った」と真剣にお伝えすると思います。   
 

成河 育成はなかなか「成果」が可視化できないので、ある日突然なくなったらやっぱり寂しいと思いますし、実演家側から意見を吸い上げていただける場所があるといいですね。   
 

小川 ありがとうございます(笑)、そのお言葉が嬉しいです。   
 

成河 引き続き、任期と育成事業の長期的な目線についてご意見伺えますか。   
 

長塚 ひたすら開発事業だけをやる独立機関をつくる、という考え方もありますけどね。劇場ごとに開発事業の機関を持つようなイメージです。   
 

小川 先ほども話題になりましたが、ロンドンのナショナル・シアターには、ディベロップメントのためだけの独立した建物がありますね。   
 

長塚 そこに集められた俳優たちは、みんな誇らしそうなんですよね。   
 

成河 物理的に違う空間が存在するのは、非常に有効かもしれません。いくらぐらいあったらつくれるんですかね。(一同笑) 残念ながらそろそろ、お時間が来てしまいます。最後に一言ずついただければ。白井さん、いかがでしょうか。   
 

白井 開発事業はやはり、お客様の想像力にもご協力いただく、皆様と一緒に作っていく事業だということを、しみじみと感じる機会となりました。今日はありがとうございました。   
 

長塚 確かに、お客さまにも育成に参加してもらう、劇場をシェアする考え方が浸透していくといいなと心から感じますし、皆様ともっと対話できるようになっていけばいいですよね。

 

「芸術監督公開トークシリーズ Vol.3―創作の場としての公共劇場―」会場写真

成河 近藤さんは来年3月のリニューアルに向けて少しずつ準備中ですか?   
 

近藤 そうですね。先日知った事実なんですが、さい芸ができる前は、あの土地、キャラメル工場だったらしいんですよ。そこが今劇場になって、人が集っているなんて面白いじゃないですか(笑)。なんかちょっと夢見がちなこと言っちゃいますけど、劇場はみんなが希望を持って集まる場所だし、今日はそれが改めて確認できたので、すごく良い時間でした。今後ともどうぞよろしくお願いいたします!   
 

桑原 今日は呼んでいただいて、どうもありがとうございました。自分が100人キャパの民間の小さな劇場で公演を打っていた時の公共劇場は遠い存在で、若手の自分からすると「芸術監督」は権威だとすら感じていました。今その立場に立った私は門を開かなくてはいけないし、自分は劇場という身体を動かす一つの臓器で、鼓動を起こさないといけない、新陳代謝をよくしていくことも大事だと感じました。できれば日本全国の芸術監督の方々とこういう話をしてみたいです。今日は本当にありがとうございました。   
 

小川 今日も、皆さんの話を聞いて「あ、そうなんだ!」と知ることは豊かな体験だと感じました。「演劇ってなんだろう?」と毎回よく考えるんですけど、やっぱり心と身体、全部を使って語っていく物語だと感じます。この素晴らしさをどう証明していくのかは大きな課題ではありますが、こうして一人で抱え込まずに正直に話す機会があると、心が健康にもなります(笑)。若い人たちが演劇をやりたいと思ってくださるような活動をしていきたいと思います。   
 

成河 皆様、本日はありがとうございました。それではまたお会いしましょう!

 

「芸術監督公開トークシリーズ Vol.3―創作の場としての公共劇場―」会場写真

 

文:川添史子/撮影:宮川舞子

▼公演詳細

芸術監督公開トークシリーズ Vol.3 ― 創作の場としての公共劇場 ―