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やなぎみわ「1924海戦」を読み解くキーワード!

2011-09-20

やなぎみわ「1924海戦」をより楽しむためのキーワード!いよいよ9月21日10:00よりKAme先行、25日10:00より一般発売!!
 
 

 

【案内嬢】

 

 やなぎみわは、1994年に兵庫県立近代美術館で開催された「アートナウ1994」において、学芸員が執筆した専門的作品解説を制服着用の案内嬢が暗記し、来館者に同伴してギャラリートークを実施するパフォーマンスを行った。 以降やなぎの様々な作品に「案内嬢」は登場する。「案内嬢」あるいは「エレベーターガール」というモチーフは、日本近代の様々な約束事や制度を問い直す手掛かりであり手段でもあった。(日本のエレベーターガールは、1929年開店の銀座松坂屋で初めて登場)。『1924海戦』でも、現代の観客を1924年6月の築地小劇場のこけら落とし公演「海戦」の世界へいざなうのは案内嬢である。本公演オリジナルのコスチュームも必見。
 
 
【築地小劇場】
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 1924年 (大正13年)、土方与志が私財を投じ,小山内薫らとともに設立。歌舞伎の伝統からまったく離れた思想の器としての写実的演劇をめざす拠点として、翻訳劇や創作劇を上演。劇場の面積は100坪弱、平屋の建築物であった。客席は400 - 500席。電気を用いた世界初の照明室を備えていた。クッペル・ホリゾント(クッペル=ドーム、ホリゾント=舞台背景の幕)と呼ばれるドーム型の湾曲壁を設け、天井が高く、可動舞台を備えていた。高度な照明設備と優れた舞台を備えていたため、演劇の実験室としての役割を果たした。小山内の主張であった俳優の養成にも力を入れたため、日本の新劇運動の拠点となった。築地小劇場の出身者には千田是也、滝沢修らがおり、第2次世界大戦後の演劇界に活躍する多くの人材を輩出した。
 
 
【構成主義】
 1910年代半ばにはじまった、ソ連における芸術運動。絵画、舞台、彫刻、建築、写真等、多岐にわたる。1917年に勃発したロシア革命が、さらにこの動きに拍車をかけた。その特徴は、抽象性(非対象性・幾何学的形態)、革新性、象徴性等である。平面作品にとどまらず、立体的な作品が多いことも特徴の1つである。同時代の「表現主義」「ダダイズム」等の芸術運動と共に、以後世界の美術の潮流を大きく変えることになった。