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やなぎみわ「ゼロ・アワー」プレレクチャーレポート

2013-06-14

KAAT神奈川芸術劇場舞台芸術講座「わたしの声が聞こえてる?」
~やなぎみわ演劇公演2013「ゼロ・アワー」プレレクチャー 2013年6月9日(日)


近年演劇表現に意欲を燃やす、注目の美術作家、やなぎみわさんの新作「ゼロ・アワー~東京ローズ最後のテープ」に関するプレレクチャーが、大スタジオで行われました。8月から名古屋で開催される「あいちトリエンナーレ2013」のパフォーミングアーツ正式作品でもある、今回の新作。さて、どのような内容になるのでしょうか?
 

◆東京ローズは誰だったのか?>

第一部では今作のモチーフ、「東京ローズ」そして彼女が出演していた、太平洋戦争中の日本軍によるプロパガンダ作戦、ラジオ放送「ゼロ・アワー」に関する史実や歴史的背景について、資料写真や映像などを交えながら、やなぎさんが解説。

日本のかつての海外向け短波放送局、ラジオ・トウキョウ(現在のNHK)。その中で随一の人気を誇った「ゼロ・アワー」は、日系女性などを集めた英語ネイティブの女性アナウンサーの流暢な英語トークや毒のあるユーモア、連合軍捕虜のディレクターのディレクションによるジャズ音楽のオンエアなど群を抜く洒落た娯楽的な内容で連合軍兵士を魅了していました。
いつしか南太平洋で戦う米兵のあいだで、女性アナウンサーは「東京ローズ」と呼ばれカリスマ化していきます。
終戦後、従軍記者や兵士たちはローズ探しに躍起になり、名乗り出た日系アナウンサー、アイバ戸栗郁子は一躍スターになります。が、戦時中愛国心ゆえにアメリカ国籍を捨てなかった日系人の彼女はその後、アメリカで反逆者として裁かれ、悲劇的な運命をたどることになります。
東京ローズは6名いたとされ、マッカーサーを始め様々な人の証言で、それぞれが聴いた声やアクセントは違った人のものだったことがわかっていますが、当時、『たった1人の東京ローズ』を大衆は求め、また断罪したのでした。
この「匿名の声」をめぐる熱狂・ファンタジーは、メディアの中に大衆が作り出した欲望とも言い換えることができます。

米兵に囲まれるアイバ戸栗さんの写真を前に解説するやなぎさん

 

◆フォルマント兄弟登場!もと「短波少年」のビックリ体験とは?>
第2部には、「ゼロ・アワー」で、「音声デザイン」を担当するフォルマント兄弟(三輪眞弘+佐近田展康)が登場。「声」をモチーフに、電子音響や様々なテクノロジーを使ってユニークな創作活動を続けているお二人。




14歳で短波放送にハマった佐近田さんは、外国の短波放送を受信しては受信報告書を放送局に送り、受信証明書(ベリカード)をコレクションしていたとのこと。ちょうど、東西冷戦の1975年頃で、様々な国がプロパガンダを競った頃。断続音だけが続く暗号放送などに地球規模のロマンを感じながら聞いていたそうですが、一度は放送元の国の人が訪ねてきてしまった?というビックリなエピソードも。今回はそのコレクションをロビーにも展示。今は存在しない国家や、体制のはざまでの放送合戦の過熱ぶりを感じられる貴重なコレクションの数々でした。
 

◆20世紀を彩った通信と録音のテクノロジーとは?>
 『グラモフォン』や円盤レコードなどの技術について知識を披露。

「ゼロ・アワー」には、録音テクノロジーが深くかかわっています。図版を用いてフォルマント兄弟が通信と録音のテクノロジーの歴史について、深い知識を披露しました。1940年代には、エジソン発明の蝋管レコードから「グラモフォン」、さらに円盤レコードと『一度録音したら編集できない』レコードへと録音技術が発達していましたが、まだ『編集出来るテープ』は一部を除き存在しない時代。
その中でドイツは音質も格段に良い『磁気テープ』を開発。ヒトラーの演説等を、24時間放送し続けたため、そのテクノロジーを知らない全世界に『不眠不休のプロパガンダ活動』の脅威を与えたといいます。
この状況を「玉音放送」のあり方と比較すると、天皇の声を録音すること自体が『畏れ多い』という議論もあった日本の状況と、カリスマ的人物の『音声』のとらえ方に関する対照的な態度が見て取れます。
やなぎみわ「ゼロ・アワー」では、この最先端の録音技術が、当時のトウキョウにあった、という設定になっています。
そして、フォルマント兄弟による音声デザインとは?――――それは本編を見てのお楽しみです!
 

◆最先端の通信基地・「放送局」>
当時の放送局は放送を行うだけでなく、軍事機密の暗号情報やモールス信号を傍受し記録するなど、情報の発信と受信の最先端基地でした。ローズの一人、アイバ戸栗もそうしたタイピストの一人。受信した英語情報を聴きとり、一語一句違わぬよう翻訳し記録することが求められました。
日本国民全体の中で情報や「敵国文化」が極度に統制されていた中、「ラジオ・トウキョウ」はネイティブ英語が飛び交い、最先端のジャズが流れるなど、いわば特権的空間。世界の情報に触れ、国内の状況、自分たちの放送内容とのギャップを知り尽くしていた関係者の葛藤はいかばかりでしょうか。それゆえにか、「ゼロ・アワー」は1943年の放送開始から1945年8月14日の最終放送に至るまで、日を追って極度な高揚感をまとっていきます。その高揚感とともに、放送局という『密室』の中から「大平洋の戦場」という日常生活から隔絶された『別な密室』へと発信されていったのです。
 

◆作品のキーワード、「声」の持つ身体性、親密さと嫌悪感>
やなぎみわ「ゼロ・アワー」のキーワードは、テクノロジー、メディア、そして「声」と「言葉」。
見る側が「対象」としてとらえる「視覚」と違い、「声」は、聴く人の心の中で響かせるしかなく、ゆえに誰にとっても「密着した」「身体性をまとった存在」になると三輪さんは語ります。フォルマント兄弟の活動は架空の「声」を創造し、機械に語らせること。しかしその声はいやおうなく「声の主」を想像させざるを得ない。つまり録音されメディア化された声が、元の主を離れ
新たな身体を獲得した。短波放送のノイズの中から浮かびあがる、姿のない「声だけの存在」だったからこそ、「東京ローズ」も兵士たちに熱狂的に愛されたのでは、と。
「声」は人にとって、「唾」のようなものでは、と語るのは佐近田さん。誰もが持つ「唾」ですが、体を離れたとたん汚いモノのように感じます。録音された「自分の声」を聞くのをきらいな人も多いでしょう。「声」の持つ親密さ、身体性ゆえに、「ローズ」は誰にも親しい女性になりえたと同時に、「遠ざけ、断罪される」存在になってしまったのでは、と。
美術作家であるやなぎさんは「かつてビジュアル芸術もそういう存在だったのでは」と語ります。
ルネサンス期に発明されたテクニック、一点透視法を駆使した絵画など、当時の人には、『絵の世界に取り込まれるような体験』だったはず。それが近代を経ていつか、ビジュアルアートは、「引いて観る」ことが鑑賞の慣習となっていった。三次元視覚のテクノロジーも、目はすぐに慣れてしまう。と。
視覚と聴覚は、受けとめる側の距離の取り方が違う、という興味深い話でした。

 

◆主体をもたない存在。「やなぎみわの案内嬢=ローズ=メディア」説?>


やなぎみわ作品にしばしば登場する「案内嬢」。
彼女たちは、やなぎみわが描く『記号化された女性』なのでしょうか。
やなぎさんによれば、彼女たちは、実際に観客をいざなう『案内』の実務も行い、物語の中に登場することもあれば、古今の話術を巧みに用いて解説や劇の本質が何かを通訳することもある、『物語の一番外側のレイヤーにいる』、透明で、自らの意思をもたない存在。
三輪さんは「それって、『メディア』そのものでは?」と語りかけます。
確かに、やなぎみわの案内嬢は、作品により、電話やラジオなど、その時代のテクノロジーの巧みな使い手であり、また彼女たち自身が「電話」であり「ラジオ」でもあるという存在です。
「東京ローズ」も、自分の言葉で話したわけではなく、用意された台本、演出に基づいて話していたと言われます。ミステリアスな存在ゆえに彼女たちは愛され、そして、『アメリカ人であるローズ』が実体を持つことは許されなかったのでしょうか。

 

◆日英半々の台本。カリスマアーチスト、モーリー・ロバートソンさんも出演>


今回の「ゼロ・アワー」はセリフの半分が英語という大胆な台本。米兵や記者の役では英語ネイティブの人たちが「声の出演」をします。
その一人、日米両方のバックグラウンドを持ち、ジャーナリスト・アーチスト・ラジオDJなど多岐にわたり活躍するモーリー・ロバートソンさんも、大衆を代表して東京ローズを断罪した当時の人気ゴシップコメンテーター、ウォルター・ウィンチェルを演じます。
この日客席にいたモーリーさん、やなぎさんから突然の指名を受け、アメリカでの高校時代「お前のお母さんは東京ローズだろう」といじめられたことがある、という体験などを語ってくれました。


◆芸達者が集められた出演者陣紹介。作品への期待!>
一般のお客様向けのレクチャーが終了したのち、マスコミの方を対象に、出演者紹介と、撮影会などが行われました。
今回の出演者は、各方面から、英語が堪能で、芸達者な役者たちが集められました。
アメリカでも活躍する荒尾日南子さん、文学座のベテラン、高橋紀恵さんは2人の「東京ローズ」として物語のキーとなります。そしてアンサンブルの小田さやかさんなど劇中にはほかにも複数のローズが登場するとか。さらにこの劇は実は男性のドラマでもあり、主役は日系GIを演じる松角洋平さん、ラジオ・トウキョウ職員を演じる吉田圭佑さんでもある、とのこと。
美術作家のやなぎみわ作品である以上、舞台美術も時代を切り拓く先端性を評価されるトラフ建築設計事務所の装置、強烈な映像に大量の字幕が使用されるとか。
かつてないユニークな作品がどのようになるのか、期待のうちに幕が閉じられました。

左から小田さやか、吉田圭佑、荒尾日南子、高橋紀恵、松角洋平、やなぎみわ。


文責:KAAT神奈川芸術劇場 撮影:西野正将

やなぎみわ演劇公演「ゼロ・アワー」〜東京ローズ 最後のテープ〜
2013年7月12日(金)~7月15日(月)  KAAT神奈川芸術劇場<大スタジオ>
チケット好評発売中!詳細はhttp://www.kaat.jp/detail?id=7365